最近はYoutubeばっかり視聴して、すっかりテレビ離れしているのですが、Youtubeもそろそろ全部のネタがほぼわかるようになり、視聴する番組に困るようになりました。

いつものように松田学氏のチャンネルを見ていたら、伝統医学寄りに感じる発言があったので紹介しておきます。

是非とも、最後の方までご覧になってみてください。

ゼロコロナではなく、WITHコロナ。撲滅でなく、共生。

新型コロナウイルスの性質を見るに、凶悪なペストなんかとは明らかに違いますし、第2類感染症に分類されていることが不思議です。

何よりも、ワクチンが免疫の本筋ではなく、数多くのウイルスと出会い自然免疫を獲得して、再度ウイルスに出会い抗体活性を高めるという従来の形で良いのではないか?

伝統医学的な考え方であれば、生きるか死ぬかというのはウイルスが決めるのではなく、感染した個体である人間に依存しています。

少なくとも我が国においてはこれで良いように思います。

よく、「そういったことを推奨して、あなたの身内が新型コロナウイルスに感染して死に至っても良いのか?」という問いかけをされます。

もちろん、悲惨でない死などありえません。身内が命を落とせば悲しいですし、あってほしい訳がありません。

ただ、この身内の話というのはミクロの指向性で感情論です。

私の指向性は、日本人の集団で構成された日本という国単位の問題、マクロの指向性として理性で語っています。

すなわち、日本人という集団で見たとき、経済を犠牲にして若者の失業が増えて自殺者が増える世の中になっても良いのか?という問題的を過去にしましたがそのことと関係しています。

高橋洋一内閣官房参与(嘉悦大学教授)は、失業者数と強い相関のある自殺者数は、コロナ感染による累計死者の3倍に当たる6000人増える可能性があると試算しています。(昨年度の試算)

京都⼤学レジリエンス実践ユニットの「自殺者数」増加推計シミュレーションでは、四半期ごとの GDP 下落率 1%について失業率が 0.1078%増加するという値が報告されています。

つまり、経済の悪化は自殺者増加と強い相関があり、下手をすると新型コロナウイルスによる死者より自殺者が多いという悲惨な状況になりかねないということなのです。

実際、若年層の自殺者は増え、問題になっているのは周知のとおりです。

少し本題と外れましたので軌道修正しますと、労働力人口である若年層こそ社会を構成する礎なのです。

もともと、我々が生きているのは数々の感染症と出会って免疫力を高めてきた祖先がいたからであり、その子孫である我々も同じように数々の感染症と出会って免疫力を高め、後世の優れた子孫に受け渡していくための存在ではありませんか?

自らに子供が居ようが居まいが関係ありません。

集団免疫が獲得できれば、集団として後世に受け継がれます。

これが生物の集団が持つ絡合であり、生命を繋いでいく本筋です。

人工的に作った不完全なワクチンに似た注射を打つことが、人類のための本筋かどうか?

よく考える必要はないでしょうか?